圧倒的自我〜ママは療育保育士〜

2歳の息子の成長記録と療育保育士の話

2021年07月

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仕事中も砂場に行くたびに「なんだこの面倒くせえエリアは!障害児ホイホイか!」と思っていましたが、子どもを産んでからより思うようになりました。

だって触っちゃいけないのに、とても魅力的に見える物がゴロゴロ置きっ放しになっているんですもの。 
物に固執しがちな障害児たちを何人引き剥がしたか分からないくらいに、人のオモチャ(置きっ放し)に吸い寄せられて行く子供たち。

あれは踏み絵なんですかね?

中には「今使っていないから良いですよ〜」と言ってくださる方もいるけど、すみません・・・知らない人との物の貸し借りがコミュ障ゲージ足りなくて無理です・・・。
ご好意はありがたいのですが・・・。


あと借りたら「息子ちゃんのー!」と返せなくなりそうだし・・・。


そしてびっくりなのが、「勝手に使われてムカつく」とかいう人もいるそうで。
なら置いて行くなー!!!!!!! 


これ思ってるの私だけなんかな。
同感です!という方がいたら教えて欲しいです。 
本当砂場のこれが嫌すぎて、砂場のある公園に行かなくなりました・・・。




 

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保育園によってルールもやり方も違う。
それは重々わかっている。

保育士がどういう動きをして1日を回すのか、どのくらいの範囲でなら複数の子を見られるのかも、保育士なので大体わかります。
(いつもは障害児福祉の保育士ですが、保育園に潜入して仕事をしている時もあるので・・・。)

それらを考慮して、かつ「どんなに気をつけていてもこういう事はあるよね」をわかっていても
それにしてもじゃない!?みたいなことの連続。 



私の場合ですが、自分が中心となって場を回す時は、子供全員が目に入るようにしています。
無理な場合は「今!ここにAちゃんがいるけど離れます!誰か見ていてください!」と指示を出す。

まあそれでも私は注意散漫なので、うっかり数秒目を離してしまったりするのですが、保育参観で見たのは、園庭遊びで誰の目にも入っていない1歳児が4〜5人いること。

今あのへんの子どもたちをまとめて誘拐しても、すぐ気がつかなそう。
と思ったのをよく覚えています。 
これを見て「あ〜だから息子が噛まれても気がつかないんだ」とわかりました。
 
噛まれるのはいいんです。
うちの子だって前は叩いたり噛んだりした事もあったので、お互い様と思っています。
でも何故気が付かない?ましてや何度もそれが起こっているのに。
 
あと困った行動への対応が「〜して困りました」「今日も〜でした」で終わる。
普通に色々やらかす息子が悪いのは重々承知だけど、保育士としてどうアプローチしたの?
いや、面倒臭い子で申し訳ないとは思っているんだけど、扱いやすい子以外は扱えないの?



・・・とモヤモヤしていたら 

今日のお迎え時に
息子の同級生の子が押入れに入りたくて、でもそれを止められて
ギャン泣きしていました。

いや!入って欲しくないなら鍵つけておけよ!!!!!
と内心突っ込んでしまった。


なんか触っちゃいけないものを触れる所に置いて、触ったら怒るみたいな保育・・・
マジで不毛だからやめた方がいいと思うんだ・・・。
 
前もメダカの水槽と餌をセットで置いて置いて、
誰かが餌やりまくって絶滅してたけど・・・
子どもが手が届くところに置いたら、そら加減を知らずにいっぱいあげるよ・・・。 




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そういう訳で…


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イラスト


精神薬や睡眠薬に、最初から全く抵抗のない親御さんはあまりいないと思うのです。


できれば使いたくない、でも使わざるをえない。使った方が子どもの為かもしれない。

そんな色々な葛藤をして服薬を始めると思うので
そこを安易に「えー子どもに薬??」「薬漬けになるよ」とか言ったらあかん!!!!




薬で全て解決はしないし
合う合わない、量の調整で、本当に自分にあう処方にいたるまで時間もかかるけど

薬で助けてもらいながら生きる事は
悪いことではないと思います。

根本的な原因の解決やそこへの支援は前提としてね。




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できないという言い方が適切かは微妙なところですが
どうしても定型発達児や、自分より障害が軽い子に負ける場面は出てきます。

幼い時であれば、自分ができていないと気づかず、雰囲気で楽しんでいたり、できている気分で楽しんでいたりするのですが、成長すると自分と周りの比較ができるようになって、「あれ、自分うまくできない」と気づくんですよね。

障害児は「負ける」「1番になれない」事がすごく嫌な子も多いです。
「負けちゃったけどみんなで楽しかった〜!」と言った中間点の折り合いが難しいんですよね。
 0か100かという生き方。


ちなみに・・・
発達学でいうと、年中さんあたりの年齢が「負けるのだけは絶対にやだ!」「あいつのせいで負けた!ふざけるな!」みたいな精神面で、年長さんになると「勝っても負けてもみんなで協力するのが楽しい」「 苦手な子は助け合おう」となってきます。


まあ大人でも1番以外やだみたいな人は多いですけどね。
足を引っ張るやつ許せない!みたいな。


そして
うちの息子さんは
「おしっこ出ちゃったけど、まあいいか」という折り合いで
お漏らしズボンのまま遊ぼうとします。 着替えておくれ。



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障害児(者)は男性の方が数は多いのもあり、重度知的障害の女性って意外に遭遇しないのですが、もれなく生理・・というか清潔の管理が難しい印象。

汚れたナプキンをこまめに取り替える、衣類が汚れたら履き替える等は
やはり支援の手や声かけがないと厳しいですね。

そもそも排泄が自律しておらずオムツの場合もありますが、
不快感や感触遊びでパンツ内に手を入れてしまう事もあります。
 
なんなら生理前も、ホルモンバランスの変化で情緒不安定になって、暴れたり泣いたりイライラしたりもあるので、なんかもう女の子って大変ですよね・・・。

でも健常者も暴れたい!泣きたい!不快!を我慢しているだけなので、生理って本当に邪魔ですよね。
 

さてさて。
漫画の最後でちらっと知的障害者の性被害について触れましたが、割と身近でこういったことがあり、当時は新聞にも掲載されました。

正直「え〜・・・そんな事する人いるんだ・・・」と思いましたが、障害者福祉界隈はあるんですよね。

なので、職場によると思いますが、性被害防止に気をつけているところだと、車の送迎中など異性スタッフと2人きりになる時間がないようにと指示されていたりします。
保育の現場でも同性介助にしたりね。

そういう予防策が出ると、「男性スタッフを信用していないみたいじゃないか」という声が出やすいのですが、そういう問題じゃないし、その発言自体が今の時代にあっていない。

じゃあ女性保育士が男児のトイレ介助に入るのはどうなんだとか言われると、も〜〜〜!!!って感じです・・・。
 



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普通に「バイバイ」って返せばいいのに、なぜかおじさんのような返し。
しかも誰がぶどうを買いに行くと約束したんだ・・・(その後買わされた)


さてさて。
万引きってマジで治らないな〜と長年思っていた私ですが・・・
よく考えたら反省文書こうが、長々と説教されようが、心が満たされないままなんだから繰り返して当たり前じゃ〜ん!って今気づきました。

軽度知的障害児が生きて行く上で感じる劣等感、聞こえてくる偏見や悪口、親との関係性、叱られやすさなどを思うと、まあストレスで問題行動起こすよね・・・って感じです。
(万引きは犯罪だから、絶対許されないということは置いておいて)


根本的なストレスを解消しないと、問題行動も治らない。
でも障害児の感じるストレスって、簡単に解消する問題ではない。
むしろ長期的なもので、一生続きかねないもの。
なんなら悪化しかねないもの。

だから「あんなに叱ったのに」「反省したと思ったのに」と期待してがっかりするだけ無駄なのかもしれない。
悪いことは絶対悪いこととして叱るにしても、一発で治ると思うとこちらがしんどくなる。

「万引きをさせない」という環境配慮をしつつ、長い目で人生の幸福度をあげあげないと治らないのかもしれないですね。
まあ障害児だけでなく、万引き癖のある子全てに言えることですが、障害児の方が衝動性に負けやすいので、治りにくいよね。



 

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今日の漫画を見て、全然ピンとこない兄弟児の方がいたらすみません。
ピンとこない方はうまくいっている家庭だと思うので、流し読んでください。
でも親御さんはピンとこなくても読んでもらえれば幸いです。辛かったらすみません。

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兄弟姉妹を平等に育児できたらベストですが、どうしても障害児に一番手がかかるのが現実。
健常の兄弟に申し訳無さを感じている親御さんも多いのではないでしょうか。

しかし中には「あなただけは真っ当に生きてくれ!」と無言のプレッシャーをかけてしまって、子どもが何かしんどい時に言い出せない事。
また、「兄弟なんだから助けてあげなさい!」と言ってしまい、子どもが兄弟児でいる事に負担を感じている事もあります。

多かれ少なかれ、どうしても負担やストレスはかけてしまいますよね。
(「いやいや私は兄弟に障害者がいるけど、それとは関係なく幸せだし、できればずっと一緒に暮らしたいわ!」という方には心外な内容かもしれませんが・・・。)


親としてはついつい「兄弟なんだから・・・」「あなたは健常児なんだから・・・」と思ってしまう場面はあると思います。
将来の世話を託したいとまでは思わなくても、日頃の生活の中で「健常児の兄弟」としての期待をかけてしまう事・・・ないですかね。

でも私は個人的に「家族だって気が合わなければ仲良くしなくて良い」と思っています。

「兄弟だから・・・」の呪いにとらわれず、個人は個人として生きればいい。
嫌だと主張する権利は君にはある。
そこに罪悪感など感じなくて良い。

仕事でも関わるの大変なんだから、兄弟として同じ家でずっと一緒に暮らすのは、本当に大変だと思うよ。
親に言えない気持ちもたくさんあると思う。

もちろん「兄弟だから自分が面倒を見たい」と思うならそれもよしですが・・・
本音があるなら言った方がいい。
都合の悪い本音を受け入れられない親なら、さっさと大人になって自立して逃げた方がいい。


私は障害児たちの幸せも願うけど、兄弟児や親の幸せも同じくらい大切に思ってます。

 

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ダチョウ牧場に行きました。放し飼い&追いかけてくるのでめっちゃ怖かったです。
息子ちゃんはその晩ダチョウごっこをして、私や夫をつついてました。(結構痛い)


さてさて本題です。
プライバシーのアレでボカしつつ、ずらしつつ、混ぜつつ書いていますが・・・
入所施設(児童養護・障害児入所)などにこどもを預けた場合。

定期的に面会に来たり、一時帰宅を実施したりしつつ
きちんと経過を見守っていかれる親御さんと
フェードアウトしていく親御さんとで分かれます。
(ざっくり言うと)

フェードアウトするのはまあ・・・として、無責任に「誕生日には会いにいくね」「卒業式にはいくね」と言って、ドタキャンなどはマジでやめてほしい。
その場しのぎの約束は、大人への信頼を無くしていくからやめてほしい。
こういうのは障害児だけに限らず、健常児の親にも言える事ですが、事情があって預けるのは良いけど、責任だけは最後まで持っていてくれ。


それと。
個人的な見解ですが、兄弟が健常児で障害児だけ預けているという場合・・・。
1度障害児と離れて「いない生活」に慣れてしまうと、完全同居に戻るのは難しいかもしれない。 
親は一緒に暮らしたくても、障害児がいない時の兄弟の子の姿を見て、色々気づいてしまうかもしれない。 

兄弟児の権利もね・・・あるからね・・・。
「家族だから」「兄弟なんだから」と言う言葉が
私は大嫌いなので・・・。難しい問題だよね。


次回は兄弟児の話を描こうかな。 









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この業界にいると、たまに「自分は障害者なのか」と聞かれるのですが、正直ドッキリします。
自分が答える一言でかなり影響が出る様な気がして。
(でも多分、色々な人に聞いているのかなとも思いますが)

どう答えるのが正解なんですかね?

隠すのも違うと思う。
でも第三者から「お前は支援学級にいるから障害者だろ」みたいな言われ方をして知って欲しくないなあ。 

軽度の子が重度の子をバカにするのって、自分が定型発達の子にバカにされた言葉をそのまま言っていたりするんですよね。 
その子自身も愛の手帳を持っているのに、重度の子に向かって「がいじ(障害児の略)」と言っている所も何度か見たかな。 

あと「私は親の都合でここにきてるけど、障害者じゃない。あいつらとは違う」と言っている子もいました。

障害の認知ってアイデンティティに関わる問題ですよね。 
今回の漫画もバッドエンドです。
でも障害者福祉の世界って、後味悪い結末や未解決な事ってたくさんあります。

せめて今幸せに暮らしていてくれたら・・・と思うのですが。 

ちなみに今同じことを聞かれたら
「そうだね。苦手な事に少しフォローは必要な人かもね。何か心配な事や困ってる事はある?」って言うかな。 

 


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すみません。出先でスマホオンリーで描いたら元々雑な絵が更にこんなことに。

さてさて今日の本題ですが

発達障害の特性がうまく作用したり、元からの本人のスキルで偉業を成し遂げたりする人がいますよね。

ただ障害者福祉に10年いるけどそんな人お目にかかった事はないです。
つまり特別な才能を持つ人は滅多にいないということ。
 
なので、発達障害者=特別な才能がある変わった人というのはちょっと違う。


なんなら特技があったとしても、それでも健常者には届かないものだったりで「障害者にしては」の域をこえない事も多いです。

そういった所から安易に「特別なギフトを持ってる」と当事者に言うのは、時として控えた方が良いのでは?と思います。

 

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