圧倒的自我〜ママは療育保育士〜

2歳の息子の成長記録と療育保育士の話

タグ:支援

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ちょっと補足しますと
「私しかこの子は見れないのよ」と鼻高々ではダメなんです。

だってその「私」がいなくなったらどうするんだって話ですし
理解者は1人よりも何人もいた方が良い。

最初は一人としっかり関係を作ったら
そこから支援の輪を広げていき
支援の方法も工夫を重ねていき
最終的には「誰とでも」楽しく過ごせるようになるのがゴールだと思います。

ついつい「自分しか対応できない」って嬉しくなってしまいますが
そうすると支援の目線も偏るし、個人的な感情も入って来るので
何か問題のある支援になっていても
誰にも止められなくなってしまうんです。 

なので高野は山原に「今あの子を救えるのはあなた」と言って来ましたが
最終的には山原からどんどん関係を広げるつもりでいます。 
そのための保育所訪問でもあります。

「療育先では良いんだけど」 「療育の先生とは楽しくできるのに」じゃダメなんです。
支援者は支援の輪を広げていかないとならない。


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まあ場所のこだわりだけでなく
甘えてるというケースもあるのでしょうが
療育スタッフが「あなたが甘いからこの子はできないのです!!」ドーン!
と親に突きつけたところで

じゃあ今日から厳しくすればできるのかと言えばそうではない。
今までの長い時間、積み重ねた関係性があるのだから(よくも悪くも)
いきなり方向転換されてガンガン注意されて怒られたって良い方向にいくはずないのです。

でも親御さん的には「あなたが甘いから」と言われてしまったら「私が甘やかしたせいだ。もっと厳しくしないと。」ってなってしまう親御さんも多いし、自分の育児を責められるようで辛いだけじゃないですか。
 
(ちなみにこれは親だけでなく、上司→部下の保育士間でも起こる現象です。 )
 


あなたが甘いと突きつけるだけで「はい、時間なのでさようなら。あとはファイト。」は支援ではありません。
「どうしたらあなたと子の関係性、家の中でも同じようにできるかな?」というのを
一緒に考えていくのが支援です。
 
たとえ家でできない原因が
甘やかしや要求を全部飲んでしまいがちなことができない点から来てても
「じゃあ今後はどうしていこうか?」「どうしたらお互い気持ちよく自立できるかな?」を考えるのが支援。 

 

甘い!としか言われず、具体的なアドバイスがない場合は
「え、解決策は出せないんですか?」と無垢な瞳で聞いてあげたら良いと思います。 
 

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福祉や保育、教育の場で
「それやりすぎじゃない?」「そこまでする?」
と周りの職員に思った事って
誰もが経験あると思うんです。
 
明確な殴る・蹴る・暴言を吐くの虐待だったら即アウトですが
支援といえば支援、教育といえば教育だけど
「ちょっと強すぎない?」はすごく難しいライン。


でも子供ってその支援が命取りになって
簡単に不登校、引きこもりになってしまうんです。

怖いですよね、自分の支援・教育一つが
簡単に子供の未来や生活を奪ってしまうことが。





いくら「子供の為だった」と言っても
それが良かったか悪かったかをジャッジをするのは
職員ではなくて子供自身なんです。どんなに障害が重くても。

 


子育てにも言えますよね。
「子供の為」 と過剰なしつけ、教育をしてしまい
大人になってから「全然幸せじゃなかった!」と言われてしまうケース。
それに近いのかもしれません。

私も子育て全然自信ないので
大人になってから「マジで嫌だった」と言われる覚悟で生きています(汗)
 
でもまあ息子の人生は息子のものなので
自分で好きな道を決めながら生きて欲しいですね。



最近の息子ちゃんは私が昔使ってたキーボードで作曲みたいなことをしていますが
曲のタイトルは「引っ越してくださいの自転車の歌」と申しており
マジで独特だな・・・と感心しました。

多分駐輪場の違法駐車の自転車のことだと思いますが
それを曲にする3歳ってめっちゃ面白くないですか?
 

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